森人

 嵐はまだ過ぎ去ってなかった。
 時計の針が夜中の四時を過ぎても天候が回復する気配は無い。雨戸の間から覗くオレンジ色の街灯を眺めながらファルシオンは寝返りをうった。
 海から助け出された女性はシャルトリューズの部屋で寝かされている。あれから一度も目を覚ましていない。
 ルージュとアリアに昨晩から使っていたベッドをあけ渡し、ファルシオンと恋路は床に適当なマットを引いて横になっていた。恋路のいびきが聞こえてくる。
(森人……どうしてこんなところに)
 森人。エルフと呼ばれるかの種族――おとぎ話では植物と共に生きる長寿の人々と表されている存在だ。
 彼らの存在が確認されたのが、半年前突如船に乗って海上に現れた森人たち――彼らは偶然近くの村の漁師たちに海を漂っていたところを発見された。漁師たちを見るや否や、何かを叫びながら彼ら森人は元来た方向へと去って行ったという。
 その事件は新聞に載り、メディアにも大きく取り上げられた――幻想の中の住人は実在した、と。
 もちろんその事件に異論を唱えるものや懐疑主義者たちはいた。
 だがその事件を機にその後数々の不可思議な事件が起こり出す。天使の夢、終末を呼び寄せる使徒と称された人々、黒十字教の終末論。
 そして自らの周りで起きた事――アリアが呼び寄せた彼女の世界の終末、今だ不可解な点の多いルージュの存在、半年前から突如として自分に宿った文字魔術と黒い腕の力。
 この違和感は何か、考えもつかないまま頭は更に更に冴えていく。
 恋路が女性を見て呟いた言葉を思い出す。『結界が――破れた?』周りに聞こえないような微かな声で彼はそう呟いていた。
(結界・・・・・・なんだ、結界って?何を覆っているものだ?)
 気になって眠れない。
 寝返りを打ちながら仕方がなく目を閉じていると、微かな呼び声が聞こえた。上体を起こす。
(……誰だ……?)
 呼び声は聞こえ続けている。部屋の中の誰も気づいてはいない。
 ファルシオンは音を立てずに起き上がり、部屋のドアを開けた。外とは打って変わって静まり返っている廊下を歩き青色のドアの前で立ち止まる。シャルトリューズの部屋だ。
 ドアを静かに開けると、丁度入り口の正面に女性が立っていた。窓の外を見ていた女性が振り返る。
 長く深い緑色をした髪、少しきつめに見えるはっきりとした顔立ち。歳は自分よりは年上だろう。
 黒革のような素材で作られた、体の線がはっきりとわかる細身の服を女性は着ていた。制服のようにも見える。
 彼女はこちらを見てにこりと笑った。ドアを閉めながら部屋の中に入る。
「もう体は……おっと」
 尋ねたところで口をつむぐ。言葉が通じなかったのを思い出したからだった。女性も何か言うが独特な発音でまったく聞き取れない。
(どうしたものかな)
 途方に暮れていると、女性が手招きをしてきた。
「……?」
 自らを指差すと女性はうんうんと頷く。ファルシオンは彼女の目の前に立った。
 女性の身近に立つと自分と同じ位ある彼女の背の高さに驚いた。彼女は多少ヒールのあるブーツを履いてはいるがそれでも背が高い。ひんやりとした手をこちらの額に当てて彼女は目を閉じる。
 怪訝な表情を浮かべながらそれを見つめていると、女性が口を開いた。
「銀色の鯖の群れが水母を転がす」
「くらげが……なんだって?」
 言葉は理解できるが意味不明な単語の羅列に首を傾げる。女性も首を傾げながら再び目を閉じて手をこちらの額に当てる。
「ニナトレナイの丘でスベニあたり合う。……なら、これはどう?」
 今度は理解できる言葉だった。目を丸くしていると、女性がにやっと笑った。
「助けていただき感謝している」
 いったい何をしたのかと尋ねると、彼女はにべもなく答えた。
「言語同調したんだよ。君は見た所幻想人の血が流れているようだったからもしかしてと思ってね。私にも僅かながら流れているから、そこを同調してみた」
「……げんそう…びと?」
 聞き流してしまいそうなほど軽い彼女の言葉にファルシオンは耳を疑った。女性と同じ長い耳が跳ね上がる。
「俺が……なんだって?」
 その様子を見て女性は少しうろたえた様に顔を強張らせた。
「え?あ、その……君、幻想人……ではないかなと」
 そこまで言うと女性は今更ながら辺りを見渡した。
「それはそうと、ここは一体何処なんだ?見慣れない風景だが……それに空気が汚染されていない。君、この街の名は何と?」
「海原の国の港町だけど……」
 女性はますます首を傾げる。
「聞いた事の無い地名だな。……まぁいいや、君、この辺りで一番近い“ケルヌンノス”の施設は何処にあるか知っているかい?本部に連絡しなければならなくて」
「……?」
 まったく話についていけない。聞いた事もない組織名だ。
 女性も疑問を持ったのかこちらをじっと見つめた。美しい深緑色の瞳だった。
「……ここは、何処だ?」
「ここは……」



 女性はベッドに座り込むと深呼吸をした。広げていたこちらの世界地図を閉じて呻く。
「これが、こちらの世界なのか」
 頭を振って彼女は顔を上げた。しばらくの間眉間に寄せていたしわを消して彼女は敵意のない、穏やかな表情を浮かべる。
「私はケルヌンノス――正式名称境結界保安機構の構成員、パンプルムーゼ・トバルカインだ。
 指名手配中の武装集団が結界付近で船を強奪するという事件に遭遇してね、相棒と潜入捜査をしていたところで海に投げ出されてしまったが、そこを君たちに助けられたというわけでどうもありがとう」
 手を差し出されたのでその手を握り返す。そして名乗った。
「俺はファルシオンです」
 女性――パンプルムーゼが唖然とした表情を浮かべた。
 疑問符を浮かべていると、彼女は握ったままだった手を離して腕を組み、慎重に言葉を選んでいるようだった。
「……君は、その名前の由来を知っているかい?」
「本名じゃあないですけどね。訳あって何気なく思いついた名を使っています。確か…おとぎ話の人物の名だったかな」
「おとぎ話、ね……」
 パンプルムーゼは苦笑した。そして軽く頭を振り、今だ荒れ模様の窓の外を見つめる。
「本当に、ここは“こちら側”なのか……」
 向き直り彼女はため息をつく。
「変だと思ってはいたんだよ。大気は澄んでいるし荒廃もしていない。言葉も通じない。十年前の報告は真実だったというわけだ」
「……十年前?」
「十年前にも結界に綻びが発生したんだ。その時ケルヌンノスの構成員が調査の為に綻びに接近した。そして結界の先には……」
 手を広げてこの場所だ、と示す。
「楽園があったというわけだ。その話には緘口令が出されたがどうしたわけか噂はすぐに広がった」
 半年前に突如現れたという森人たちの話だろうか。だが時間軸があわない。
「……あなたには色々と聞きたい事があるんだ」
 ファルシオンは頭の中で次々と生まれ出でる疑問を口にした。
「あなたはどこから来たんだ?」
「むこう側だ。結界のむこう側」
「結界とは?何の為に?誰がそんなものを」
「……こちら側は結界の存在を知らないのか?」
 パンプルムーゼは質問に淡々と答える。彼女は閉じていた世界地図をもう一度開き、地図上の全世界全てを囲むように指を滑らせた。
「世界を分断する結界さ。結界を作り出したのは原初の野獣たちの一派だ。世界崩壊後に造り上げ、そこに人間種族を住まわせた。あらゆる干渉を退ける強固な結界で、我々の力ではどうする事も出来ないような代物だが……今では結界を造り上げた彼らですら、結界に干渉する事はできない」
「どうして?」
「結界を書き換えられてしまったんだよ。
 ある幻想人の魔術士が結界の制御柱を乗っ取り結界を書き換えた。それ以降彼以外の誰も結界に干渉できないようにしてしまった。ケルヌンノスは組織が発足されてから数百年もの間その犯人を追い続けているが、相手は純血の――しかも稀代の天才魔術士、巧妙に逃げ隠れ今だ捕らえる事ができていない」
「何百年も……」
「純血の幻想人は不老だ。その男もすでに二千年近く生きている。名はセルヴァ・グラスシャムロック・ノワルリス・アズラクワルダ。呪文のような名前だが……彼は世界崩壊後、シオンの悪魔に続く最上級の罪人だ」
 パンプルムーゼの話を聞くたびにファルシオンは頭を抱えた。一番の疑問は自身の由来。幻想人だって?
 聞き返すと彼女はこちらを示した。
「そういう名を持つ種族だよ。幻想人種族。私たちや人間種族と同じ人型の種族で不老長寿、強力な魔術を扱い高度な文明を築いた。
 君は見たところ混血ではないかな。耳は森人のようだし右目も色が違うから。どちらにしろ、純血の幻想人は先ほど説明した魔術士以外は絶滅している」
「絶滅?」
「長く続いた大戦によって種族全体が疲弊していたところを、人間種族に侵略されてしまったんだ。その後も生き残りはいたが世界崩壊時に毒で皆死んでしまった。生き残ったのは混血の子孫だけだ……私の祖母や母も幻想人の血は流れてはいたが混血だからね、毒にやられはしなかった」
 パンプルムーゼはこちらのあまりの情報の無さに驚いていた。
「……こちら側には世界崩壊の話すら伝わっていないのか?」
 ファルシオンは首を横に振る。現に世界は崩壊しておらず今ここで彼らは暮らしているのだから。
「……いや、伝わっていないというより……記憶を消されている……?」
 彼女の呟きに顔を上げた。
「記憶を?そんな事、一体誰が……」
 言いかけた言葉の続きは消えた。
 向き合っていたパンプルムーゼが目を丸くしてこちらを凝視していたからだ。いや、こちらではなくその後ろ――ファルシオンは振り向く。
 部屋の入り口にアースが立っていた。
 彼はいつになく神妙な面持ちでパンプルムーゼを見、部屋に入ってくる。
「アース」
 名を呼ぶと彼は片手を挙げて反応したが視線はパンプルムーゼに向けられたままだ。
「……ケルヌンノスの者だな、あんた」
「………。」
 話しかけられたパンプルムーゼの顔色が青ざめていく。彼女はアースから遠ざかるように上体を僅かに後ろに反らした。
 そんな彼女の様子に苦笑しながらアースが尋ねる。
「フェンリスは健在か?……ああ、あんたらの組織の長だよ。“人として”は何て名乗ってるかは知らないが」
「あ、あなたは……」
 パンプルムーゼはしばらくの間なにやら口ごもっていたが、小さな声でアースの質問に応えた。
「大総主は……あなたとアシャ・ワヒシュタが世界分断を引き起こした背約者だと名指ししています」
「まぁそんなこったろうと思ってたけどよ。あいつ、怒り狂ってたもんなー」
 ニット帽を直しながら彼は呻いた。
「……むこう側がどんな状態なのかは知っている。確かに、俺の――俺たちの責任でもある。あいつが怒るのも無理ないさ。世界は今だ混乱したままだ」
 その後話があると言ってアースは彼女を連れて奥の部屋に行ってしまった。話を聞かれたくないのか、こちらにはもう寝たほうがいい、とだけ言い残して。
 部屋に戻る途中、少しだけ耳を澄ましていると奥の部屋から二人の話し声が微かに聞こえてきた。内容まではわからないが、パンプルムーゼはわずかに憤っているかのような口調だった。反対に低く響く静かな声音でアースが彼女に何かを言っている。
 話の内容が気になったが、ファルシオンは諦めて部屋に戻った。
 一つしかないベッドではアリアとルージュが寒いのか、抱き合うようにして眠っている。恋路は姿勢を変え向こうを向いていた。
 彼の横にひかれてあるマットに寝転びファルシオンは腕を抱えるようにして横になった。
 そして息を殺していた恋路に尋ねる。
「……俺たちは……一体、何を知らないんだ?」
 しばらくの沈黙の後、こちらに背を向けたままの恋路が口を開いた。
「知ってしまえば“こちら”は崩れ落ちる。それでも知りたいか」
 その言葉にファルシオンは返事を返せなかった。好奇心と引き換えではそれはあまりにも重過ぎた。



* * * *



 翌朝船に乗るために部屋を片付けて準備をしていると、店の方からアリアとグレナデンの歓声が聞こえた。
 荷造りを終えて部屋から出る。外は風こそなくなっていたものの、雨が続いていた。灰色の空の下ではあれだけ青かった海も鈍い色となっていた。
 店内に顔を出すと、辺りを見渡して思わず声を上げる。
「何だこれ?」
 店内がまるで植物園の温室のごとく植物だらけになっていたからだ。
 天井、壁、窓に至るまで店内にあった観葉植物が蔦や葉を伸ばし青々と茂っていた。昨晩までこのような事にはなっていなかったはずだが。
「少しやりすぎたかな」
 観賞用のヤシの木(巨大化していた)の葉を手でよけながらパンプルムーゼが呟くのが聞こえた。傍にいたアリアが背の高い彼女を見上げて尋ねる。
「いまのなに?まほう?」
「緑魔術だよ。森人が扱う魔術。私たちは植物と相性がいいんだ」
「おー、すげーもりびとすげー」
「すげー」
 目を丸くして驚くアリアとグレナデンを見下ろし微笑んでから、彼女はこちらに気づいて手を上げた。
「おはようファルシオンくん」
「おはよう……すごいな、これ」
「何を言う、君たちの魔術に比べたら非力なものだろう」
 苦笑を浮かべながらそう言うとパンプルムーゼは厨房の奥にいたシャルトリューズに店内の様子を示した。店内に出てきた瞬間、何これ?と先ほどファルシオンが発した言葉と同じ言葉を口にしてシャルトリューズが絶句する。
 パンプルムーゼは自信満々に言った。
「植物の調子が悪いとお嬢さんに聞いたので、弱っていた植物を元気にしてみたのだがどうかな?」
「……あ、ええ……目に優しい内装になったわね」
 シャルトリューズの戸惑いに気づいていないのかパンプルムーゼは満足そうに一人頷いている。
「こちら側はいいな、土も大気も汚染されていないから緑魔術も絶好調だ。あそこの植木も少し弱っているようだが、治してこようか?」
「えーと……治すのはいいけど、そんなに大きくしなくてもいいわ」
「了解した」
 パンプルムーゼははめていたグローブを外しながらすたすたと店外の植木の元まで歩いて行った。シャルトリューズが不安そうに窓から彼女の行動を見守る。
 緑魔術というものに興味を持ったファルシオンは店の入り口に立って様子を見ていた。
 雨が降る中パンプルムーゼは植木の前で屈み何処からか取り出した小さな種のようなものを土に埋めていった。
 そして立ち上がり、植木に手をかざす。手から淡い緑色の光があふれ出した。光に包まれた植木は枯らしていた葉を落とし、急速に新緑の葉を伸ばし出した。そしてこの時期にはまだ早い黄色の小花を枝いっぱいに咲かせる。
 少し寂しげだった店の前の木々が一斉に花を咲かせて、店先が明るくなった。
 シャルトリューズが歓声を上げる。
「すごいわ、この木がこんなに花を咲かせるの初めて見た。ありがとう、とっても見栄えがよくなった」
「とても美味しいご飯をいただいたお礼だ」
 そう言いながらパンプルムーゼはグローブをはめ直した。そして入り口に立っていたファルシオンの肩を叩く。
「どうした。初めて魔術を見るって顔をしているな」
「いや……自分以外が魔術を使うの、初めて見たんだ」
 その言葉を聞いてパンプルムーゼはきょとんとした表情を浮かべた。
「そうなのか?こちら側には……ああ、そうか、人間種族は魔術を使えないのだったな。だが幻想人との混血の子孫がいるだろう?彼らは魔術を扱えないのか」
「たまに人の心を読めたりとか不思議な力を持っている人は聞くけど……」
「ならその人々が混血の子孫なのだろう。血が薄くなれば当然力も弱まる。ましてや人間種族は元々魔力を持っていなかったから、力を受け継いだと言っても名残程度のものかもしれんな」 
 店の中に戻ると、ルージュが部屋から自分たちの荷物を持ってきていた。 
 アリアと持ち物の点検をしていた途中でこちらを見て言う。
「私たちは準備終ったよ。船、昼過ぎ出発だったよね」
「もう少ししたら港に行かないと」
 腕時計を見ながらそう呟いた。パンプルムーゼがその様子を見て尋ねてくる。
「君たちは船に乗るそうだな。ならもうお別れになるのか」
「あんたはどうするんだ?」
 彼女は肩をすくめる。
「どうするも……私も家に帰らなければならないのだが、なんせ帰り方がわからない。また結界の綻びがいつ開くのかもわからないし」
「ふぅん……それは困ったな」
「まったくだ。子供が三人帰りを待っているというのに」
「へぇ?子供、いるんだ」
 驚きの声を上げてはみたが確かに母親の雰囲気はある。パンプルムーゼはアリアと喋っているグレナデンを見て微笑んだ。
「まだ一番下の子は小さくてな、あの女の子と同じ位の身丈だ。祖母が面倒を見てくれてはいるが心配でね……」
「だったら尚更帰り方を考えないとな」
「しばらくここにいるといい」
 唐突に声を掛けられる。
 振り返るといつの間にか背後にアースが立っていた。彼は少し小声で続ける。
「結界がどう動くかは俺もわからんが、ここはむこう側にも近い。俺たちとしてもむこう側に用があるからな……なんとかあんたがむこうに戻れる方法を探すさ」
 パンプルムーゼが口元を歪ませた。何か言おうと口を開けかけたが、結局押し黙る。
 車を準備すると言ってアースは店から出て行った。
 パンプルムーゼが彼に好意的な眼差しを向けていない事に気づいてファルシオンは苦笑した。そして彼女に聞く。
「彼は……彼らは何者なんだ?」
「……私も最初に見たときは目を疑ったが、あの雰囲気は間違いない。彼らは原初の野獣だ」
 ため息をつきながらもパンプルムーゼは説明してくれた。
「この世界が生まれたときに世界の八つの相とおおいなる時を司る存在として彼らも生まれた。
 光より生まれし鳳フェニックス、冥界の女主人エレキシュガル、炎灰の竜アシャ・ワヒシュタ、海原の主トリトン、地に這うもののの王ベヘモト、翼あるものの女王セイレーン、月夜の覇者フェンリス、緑樹の貴婦人ネフェルティティ……そして時の旅人クロノス。
 この世界の秩序を守る存在だ。むこう側では畏怖され崇められる存在なのだが……」
 彼ら――恋路とアースの正体について、正直、聞かされてもそこまで驚きはなかった。何故かはわからないが。
「本人にも言ったけど、ずいぶんと俗っぽいな」
 笑いかける。だがパンプルムーゼは眉間にしわを寄せて呻いた。
「人として彼らは生きている……力を失ってまで。神ともいえる存在が、だ。それは狂気の沙汰だよ」
 アースが車を店先まで持ってきた。
 ファルシオンたちは各々の荷物を持ち店から出る。シャルトリューズ、グレナデン、そしてノチェロが店先に出てきた。ファルシオンが一歩前に出て礼を述べる。
「それじゃあ……本当にありがとうございました」
「ぜひまた来てね、楽しかったわ。良い旅を」
「おねーちゃんたち、ばいばーい」
 そして恥ずかしそうに俯いているノチェロの前に立つ。
「……お父さんとも仲良くやりなよ。元気で」
「……うん。また遊びに来てよ。ファルシオンの話、もっと聞きたかった」
 意外にも懐かれていたようだ。ファルシオンは苦笑して彼の肩をぽんと叩いた。
 荷物を幌を張った荷台に乗せて車に乗り込む。アリアとルージュは助手席に、ファルシオンと恋路は荷台に腰掛けた。運転席からアースが顔を出す。
「わりぃな、雨降ってるのにトラックの荷台で」
「送ってもらえるだけでもありがたいよ」
 親指を立てて彼は顔を引っ込めた。
 車が動き出す。
 手を振るシャルトリューズたちが遠ざかって見えなくなった。振り返していた腕を下ろしファルシオンは雨の降り続ける空を見上げて呟く。
「船に乗ってるときに大しけだと嫌だなぁ」
「こちら側の船は波に弱いのか?」
 予想外の声の主にファルシオンは仰天した。
 振り返ると胡坐をかいている恋路の横にパンプルムーゼがちょこんと座っている。目を丸くしてファルシオンは彼女に尋ねた。
「あんた、いつの間に乗ってたんだ?」
「お前の横をすり抜けて普通に乗ってきてたぞ」
 恋路が呆れたように言う。パンプルムーゼは何故か誇らしげに胸を張った。
「港に行くのだろう?こちら側の街を見てみたいんだ」
 港への坂道を下りながら車は走る。
 と、海を見ていたファルシオンは目を細めた。
 港からかなり離れた場所に黒い船――船というよりも箱舟といったような形をしてる――が、浮かんでいた。見た事のない種類の船だ。
 前方から聞こえるアリアたちの喋り声を聞きながらファルシオンはその船をじっと見ていた。黒い箱舟はゆっくりと港へ向かって来ている。
 そして車は港に着いた。