守護神

 顔に張り付く前髪が白くなっている事に気づいた。魔力が尽きかけている証だ。
 全ての魔力が吸われ尽くす前に仕掛けなければならない。船の甲板に文字を描く。
 近くで甲高い金属音。恋路が爪を弾いた音。再生能力のある獣人相手に彼は苦戦していた。リゲルが若干優勢かと思われるが彼も術を使う暇はない様子だった。
 文字が輝く。文字がほどけ一本の帯と形状を変え、海原竜の周囲を囲んだ。海原竜が危険を察知し水を呼び出す──しかし生み出された水は天地を逆さにしたように空へと全て上っていった。竜が巨体に似合わない小さな鳴き声を漏らす。
 重力反転の術。海原竜を持ち上げるほどの魔力は残ってはいないが、流れる水ならば干渉する事ができる。海原竜の頭上に大きな水の塊が浮かぶ。竜は水を下ろそうと水霊たちを操る事に気を取られ丸腰になっていた。
 術を制御したままファルシオンは床を蹴った。反転された重力の中で大きく跳躍し、海原竜の首元へと剣を突き出す。
 剣は刺した感触すら感じないほどたやすく海原竜の鱗を突き通した。柄部分まで刺さったところで術を解除し、剣を掴む手を握り変えて体重を乗せ、思い切り下へと力を込める。竜が絶叫した。
 空へと上がっていた水と共にファルシオンは床に着地する。首元から腹にかけて切り裂かれた海原竜は傷口から内臓をこぼし、ゆっくりと倒れた。巨体が大きく船を揺らす。リゲルがこちらを振り向き息を呑むのが見えた。
 剣を鞘に戻しファルシオンは呟く。
「……やった……か?」
 腕に絡みついた蔦が砂となって消える。剣から手を放した瞬間、疲労が一気に体に圧し掛かった。
 海原竜は動かない。その体からは大量の血が流れている。
 絶命したと判断してファルシオンは鞘に入れた剣を持って恋路の加勢に向かおうと足を踏み出した。走る体力すらなく彼の加勢が出来るかどうかは自分でも疑問だったが、ここで休んでいるわけにはいかない。
 だが、足が動かなかった。
《いかせないわ》
 女の声が脳内に響く。足を見ると、黒い水──海原竜の血と海水が混じった液体が右足に絡み付いていた。
 甲板の上で倒れていた海原竜の体が水に包まれる。その前に一人の女が立っていた。
 兎の耳を持った小柄な女。リゲル、狼型の男と共にアースの前に現れた女だった。ティフィンが彼女の名を口にしていた。ラビ・スピカと言っていたか。
 彼女の髪も(恐らく元々赤系統の色だったと思う、)色褪せて白くなりかけていた。蒼白な顔色ながらも彼女は笑っている。
《生ぬるい平和な世界で育った術士なんかに、負けられない》
 念話のままそう言って彼女は何かの呪文を唱えた。
 海原竜が首をもたげた。そして頭だけを動かし吠えた。竜の周りに水が集まり、大きな錐状にかたどられる。
 足に纏わりついた水は離れず、逃げる事はできない──ファルシオンは剣を再び抜く。蔦が腕に絡みつき、刀身が青い光を放つがその輝きは弱々しい。
 錐状の水が投げつけられた。
 ファルシオンは剣で真正面から飛んでくる水の錐を切り裂く──が、力の弱まった剣は水に押され弾かれた。衝撃に思わず手を放してしまい、剣が宙を飛ぶ。青薔薇の剣は近くの甲板の床に突き刺さった。輝きは消え青い薔薇も枯れる。
 完全に切り裂かれはせずに小さく飛び散った水の錐の破片が上半身に刺さった。水だというのに本物の錐並の強度をもっていた──咄嗟に腕で顔を覆い、致命傷は防ぐ。
 裂傷の痛みに呻く間もなく再び海原竜が水を集めだした。
 足は動かせない──剣を取りに行く事もできないまま腕を伸ばし、文字を描くも文字の軌跡は輝く事無く消えた。絶望的に舌打ちする。
(燃料……切れ!!)
 水の錐が発射された。今度は防ぐ事ができない!
 それでも頭部への一撃は防ぐ為にファルシオンは両腕を突き出した。上手くあの水の錐の威力を殺ぐ事ができれば、頭部さえ無事だったのなら次の一手を打つ事ができるかもしれない。魔力も尽き武器も無く身動きが取れない状況で次の手など、そんな事を考えている時点で自棄になっているなとファルシオンは刹那の間に自覚する。
 突如背後に現れた人影に彼は気づいていなかった。水が目の前に迫っていた──
 
 
* * * * *


 黒船の上で時折走る閃光を眺めながらアースは拳を握った。
 テラスにいる獣人の男──ティフィンは今も精神を集中させている。敵の妨害にあい、感覚域を中々広げられないらしい。船上で戦う二人の助けをする為に相手の隙を注意深く伺っている状態だった。
 不思議そうにこちらを見上げているグレナデンの頭を撫でてから再び港へと視線を向ける。
 その背中に声が投げかけられた。
「……ベヘモト殿」
 振り返る。魔力を使い果たし倒れこんでいたパンプルムーゼが上体を起こしていた。アリア、ルージュに体を支えられながら彼女はゆっくりと口を開く。彼女の髪は白色に色褪せていた。
「……あの日……世界が崩壊したときに、貴方は今よりも強い力をお持ちになっていたはずだ……。もう一度聞かせていただく、今のように、この街の人々を救ったように、どうして我々を助けてくれなかったのですか……!」
 彼女の声を聞いてティフィンが目を開けこちらを見た。
 二人の視線を感じながらアースは顔を俯かせる。妹とは違い心配そうな表情を浮かべているノチェロが視界に入った。パンプルムーゼの傍らにいる少女二人は話の成り行きがわからないのだろう、きょとんとしている──苦笑しながら応える。
「……あの日、俺たちはあらゆる力を使って滅んでいく世界を止めようとした。だがあまりにもシオンの悪魔の力は強く、止める事は不可能だった」
 そんな事は知っているとでも言いたげな表情をパンプルムーゼが浮かべたのを知っていたが続ける。
「奴は自分を裏切った幻想人種族を滅ぼし毒をまいた。当時すでに種族全体が力を失いつつあった幻想人種族は僅かな混血を残して絶滅──だがシオンの悪魔はそれだけでは飽き足らず、今度は人間種族をも怨み滅ぼそうとした。……ここまでは知ってるな?」
「ええ……幼かったですが、私は崩壊の日をこの目で見ましたから」
 パンプルムーゼは頷く。
 なら、とアースは彼女に尋ねた。
「どうして混血を含む人間種族がむこう側に居ないのか、理由を知っているか?あれだけ各地に広がっていた人間種族が、だ」
 憮然とした声でパンプルムーゼが言った。
「……貴方がたが楽園へと引き連れていったからだと教えられましたが」
「違うな。シオンの悪魔の標的になった人間種族の被害を被らないように……他種族が彼らを虐殺したんだ」
 それを聞きパンプルムーゼの青白い顔が更に血の気を失っていった。少し離れた場所で立っているティフィンの表情は硬い──陰鬱な気持ちで続ける。
「……混血を含む人間種族を殺し、追い出し……それに抵抗する為に人間種族たちはあらゆる手段を使って他種族と交戦した。シオンの悪魔とは違う所で殺戮が広まっていった。幾つもの街が破壊され大陸は戦場となり、交戦の影響で汚染され生物が生きれない死の大地になっていった。……シオンの悪魔はそれを静観していたよ。こうなる事を予測していたんだろうな」
「そんな……」
 パンプルムーゼが首を横に振る。彼女の目は赤くなっていた。当時を思い出しているのか、今にも泣きそうだった。
「外にはシオンの悪魔がいるといって私たちは地下に閉じこもっていたのですよ?毒が地下にも蔓延して、それでも外には出る事が許されず、ずっと、ずっと長い間!地上が、そんな……」
「もちろん避難した者も多かった。大半の者は避難していて戦場となった地上の事は知らないだろう。だがいくら逃げ隠れたところで、人間種族の血が紛れ込んでしまっていればいずれシオンの悪魔はやってくるだろう……それを見かねたフェンリス──後の大総主は結界を張った。結界内の人間種族を消して外にいた多くの人間種族を残し」
 パンプルムーゼは唖然としながら震える声で呟く。
「……結界を……大総主が……!?」
「奴はシオンの悪魔を取り囲むように結界を張った。結界から弾かれた世界の中庭に残されたのは、シオンの悪魔と、人間種族だけ……後はシオンの悪魔が人間種族を滅ぼし怒りが収まるまで待つつもりだったんだろう、そうやって世界は二分された。
 結界から弾かれ悪魔の生贄に捧げられた人間種族にはもう抵抗する力も無かった。ただ殺されていくだけ……。
 だから、俺たちは中庭に小さな結界を張った。俺たちの力が十分に届くだけの小さな結界をはり、そこに人間種族を避難させた。今、世界をむこうとこちらに分けている、あの結界をだ」
 海の向こうに存在している結界は薄れていた。微かにだがむこう側の灯りも見えている。世界は本来は繋がっていたはずなのだ。
 大昔に自分が人として生きていた世界を思い出す。そこには自らも含む獣人がいた。森人もいた。土人や羽人、幻想人もいた。人間も、その混血も、多くの種族が共存していた──そして自分が今立っている場所から周りを見渡す。
 原初の野獣のフェニックス、人間のノチェロたち、人間と幻想人との混血の子孫のアリア、森人のパンプルムーゼ、獣人のティフィン、そして幻想人のファルシオン──今ここにいる全ての種族が共に暮らしていたのだ。
「二つの結界に挟まれ閉じ込められたシオンの悪魔を倒した後、フェンリスは結界を解除した。
 だが迫害された人間種族の文明は退行し廃れ、他種族全てに怯え恐怖していた……だから俺たちは結界を外す事はしなかった。惨劇を忘れ、わだかまりが消えるまで彼ら人間を結界の中に匿い、見守ると決めた。魔術や外の世界の文明の記憶を徐々に消して人間種族独自の文明を発展させ、結界の外の他種族と同等に渡り合えるほどの力を取り戻すまで待った。……その後結界を乗っ取られちまったのは大誤算だったがな」
「パンプルムーゼ、しっかり」
「大丈夫ですか……?」
 パンプルムーゼは絶句していた。起こしかけていた上体から力が抜け、アリアたちが慌てて抱きかかえている。無理もないだろう。
 彼女とは違い動揺をあまり見せていないティフィンに視線を向ける。
「……お前さんはあまり驚いていないようだな。知っていたのか」
「いえ〜……驚いていますよ。けど」
 彼は無表情で呟く。
「崩壊の日にぼくは生まれていなかったから……学生の頃、色々な人々に話を聞いてみたんです。あの日何があったのか。どうやって世界は崩壊していったのか。客観的にしか知る事はできませんでしたが……皆、大総主や政府が伝える内容しか言わなかった。その事に何か違和感を感じていたんです。だからぼくは疑った」
 それにね、と彼は付け足す。
「ぼくらは幻想人種との混血。やっぱり純血の人たちに差別されてきましたし……大多数の意思というのを信用してませんから。その結果が彼らでしょう?彼らも大多数に抵抗する少数派。だから排除される……まぁ彼らの行為を正当化する気はないですけど」
 彼ら、というのは武装集団の事を指しているのだろう。
 と、ティフィンの垂れ下がった耳が大きくはねる。彼は港へと向き直った。
「フェニックス様が上手くリゲルの気をそらしてくれました。ぼく、行って来ます。ラビ・スピカも出てきた事ですしファルシオンくんが危ない」
「………。」
「ベヘモト殿……」
 黙ってティフィンの様子を見ていたアースに声がかけられる。
「……貴方も行ってあげてください」
 赤い目をこすりながらパンプルムーゼが懇願した。
「少なくとも、ここにいる私たちは貴方の力を信じている……!貴方の力で、どうか我らをお守りください。貴方が彼らに負けはしないと私は知っています」
 彼女はあの日にもそう願ったのだろう。しかし聞きとめる事はできなかった。その事で胸に小さな痛みが走る。
 足にしがみ付いていたグレナデンの背中を軽く押し、離れさせてからアースは頷いた。
「……わかった。俺も飛ばしてくれ」
 ティフィンが虚空に幾つもの文字を描き出し、呟く。
「転移を開始します」
 アースの体が光に包まれ消えた。
「とーちゃ、がんばれー!」
 港の方向へとグレナデンが手を振った。
 パンプルムーゼは嘆息し、支えてくれていたアリアとルージュに礼を言いながら身を起こす。彼女に向けてティフィンが言った。
「ぼくも行くね。ここは任せたよ」
「お前は……知っていたのか?」
 先程アースが漏らした問いと同じ事を相棒に向ける。彼は苦笑していた。
 返答をせずに彼の姿も消える。
「………。お嬢ちゃん、おいで」
 ぶらぶらと足を振って立ち尽くしていたグレナデンを手招きしてパンプルムーゼは床に座り直した。彼女はすぐにこちらへ走り寄ると座り込んで顔を傾げる。
「おねえちゃん、大丈夫?」
「……ああ、大丈夫さ」
 彼女を膝の上に乗せてパンプルムーゼは呟いた。
「ここで、君たちのお父さんが勝つ事を皆で信じていよう……それが大事な事なんだよ」


* * * *


 水の錐が消えた。まるでそんなものは最初からなかったかのように一瞬にして。
 ファルシオンは背中に気配を感じ、そしてその人影が頭を飛び越えようと跳躍したのを見、避けようとして思わずその場に尻餅をつく。彼の頭上を飛び越え姿を現したのは──ティフィンだった。いつの間に転移してきたのかまったく気づかなかった。
 彼は海原竜の身に纏った水流に向かって腕を向ける。その腕には鎖のように連なった文字が巻きついていた。
 ティフィンが呟く。
「──ここはもうぼくの感覚域だ」
 海原竜が水泡を彼に向かって飛ばした──が、ティフィンの目の前で先程の錐と同じように瞬時に消える。
「あなたたちの術は届かない」
 文字が水流に触れ出すと文字は水流に溶け込んでいった。そして、海原竜の纏った水が消えた。
 ティフィンがラビ・スピカに向けて好戦的な笑みを浮かべるのを見る。今までの柔和な彼からは想像もできない表情だった。
 ファルシオンはその光景を見て理解した。海原竜を纏っていた水全てをティフィンは転移させたのだ。足元の黒い水も消えている。
 ドオォンッ、と轟音を立てて少し離れた海上に大量の水が落ち大きく船が揺れた。
 ふらつきながらもティフィンが叫ぶ。
「ファルシオンくん、ウンセギラの頭を狙って!!」
 海原竜は水を奪われ戸惑っていた。威嚇音を発しているものの、体を後退させている。傷の治癒の為に覆われていた水膜も消え再び傷口から血が流れていた。
 リゲルがこちらに飛び掛ろうと地面を蹴る──が、その足元に幾本ものクナイが突き刺さった。リゲルの前には恋路が立ちはだかり彼を近づけさせない。
 大きく揺れた船体に足を取られながらもファルシオンは駆け出して剣を拾い上げた。蔦が一斉に伸び出し、腕に絡みつく。果たして呪いの魔剣は使用者から吸収する魔力が無い場合はどうなるのだろうか──何か魔術を使おうとしているラビ・スピカの足を払い転倒させ、ファルシオンはその背後で最早丸腰となった海原竜の眉間に剣を突き刺した。
 今度は感触があった。硬い鱗の感触が手から伝わってくる。そして青い薔薇が竜の血を吸い再び咲き出した。
 海原竜の体が痙攣し、その体から蛍のような光を放つ水霊が漏れ出す。全ての水霊が解き放たれたところで海原竜の骸は急速に養分を失い骨だけになった。その骨もすぐに砂となる。
「崩れた……」
「降臨魔術で強制的に肉体を得ただけだったからね〜。魔力を失えばすぐに塵になるんだよ」
 ファルシオンの呟きにそう応えながらティフィンは倒れたままのラビ・スピカの元へと歩いていった。ラビ・スピカは抵抗するわけでもなくうな垂れている。
 むこう側の言葉でティフィンが彼女に何かを囁く。ラビ・スピカは顔を上げ彼をまじまじと見つめ、辛そうに目を閉じた。
 剣を鞘に戻す。竜の血を吸い生き生きとした薔薇を咲かせていた剣が輝きを失った。
(餌がなくなりゃ斬りつけた相手の魔力を奪う、か……たいした呪いの魔剣だな)
 ラビ・スピカを転移させたティフィンが立ち上がる。
「さて……」
 二人の視線の先には恋路とリゲルがいた。
 残る最後の一人、リゲル・パントラは拳を握って立ち尽くしている──彼は拳にはめていた金属製の爪を外し、放り投げこちらを見た。
「……貴様が俺の感覚域を邪魔していたのか。こんな若年の者に感覚域を奪われるとはな……」
 降参か──と思いきやその目はまったくといっていいほど敗北を認めていなかった。
 睨まれていたティフィンが彼に指を突きつける。ファルシオンの影に隠れながらだったが。
「残るはあなた一人です。無駄な抵抗は止めて降参しなさーい」
「前に出て言えよ」
「って、この人が言ってました〜」
「おいっ!?」
 体を引っ張られながらも必死でその場から動くまいと踏ん張っているティフィンとの掛け合いは無視して、リゲル・パントラは目を閉じた。
「……ここで死ぬも捕まって一生を地下牢獄で暮らすのも同じようなものだな」
 そう呟きながらリゲル・パントラが身を屈めた。その様子を見てファルシオンは声を上げる。
「……まさか、獣になるつもりじゃあ」
「そうみたい〜」
 あっさりと応えたティフィンの頭を両手で掴んで思い切り振り回したい気分に駆られながらも、ファルシオンは剣の柄に手を置いた。
「ティフィン、あんたの術で──」
「あ、ぼくさっきの転移魔術で魔力使い果たしちゃった」
「レンジ!!」
 恋路に視線を向ける。恋路は頷いて刀を抜く。だが、何かを感じたのか唐突に顔を上げた。
 駆け出そうとしたファルシオンの肩に手を置いてティフィンがのんきに言う。
「大丈夫だよ、彼も一緒に来たから」
「彼?」
 ティフィンが肩越しに指を向ける。
「ぼくらの守護神さ」
 後ろから、指を鳴らしてリゲルに近づいていったのは──
 リゲル・パントラの体から一斉に毛が伸びはじめ筋肉が肥大化していく。鋭い爪も伸び、巨大な虎となった彼は目の前に現れたアースに飛び掛る。
 アースは事投げに右腕を上げ、拳をリゲルの頭蓋に振り下ろした。ただの拳骨にしか見えなかったが。
 すさまじい音を立ててリゲルの上半身が甲板に沈んだ。スローモーションのように沈んだ上半身から体全体に衝撃が走っていき尻尾の先まで跳ね上がり、そして沈む。
 その体はぴくりとも動かなくなった。アースが少しうろたえながら言った。
「あれ?手加減したはず……」
 失神したリゲルの体が元に戻っていく──あまりのあっけなさにファルシオンは唖然としていたが、しばらくしてため息をつきながら甲板に座り込んだ。
「……これで……もう、終わりだよな?」
 ティフィンとアースが偶然にもまったく同じポーズで親指を立てた。それを見て深々と頭をうな垂れさせながら、ファルシオンは海を見る。
 雲の隙間から朝日の薄桃色の光が海へと注ぎだしていた。もう少しで夜が明ける。