ちょっとした後押し

「……あの船へんな音きこえる。でもひとは三人しかいない」 
 アリアが集中して黒い船の中に存在する生命の数を聞き分けた。
「ひとじゃないけどへんなこどうの音がきこえる」
「魔力炉の音じゃないかな〜、元素霊が入ってるんだ。あの船だけじゃなくて最近の船にはどれも積んであるんだよ〜」
 アリアにそう応えながら、ティフィンは持っていた青薔薇の剣をこちらに返した。それを背中に背負いなおして尋ねる。
「剣に何していたんだ?」
「相手は魔獣だからね、ちょっと呪いの封印を解除しておいたんだ〜。危険だからいざというときにしか抜かないようにしてね〜」
 少し離れた場所にいたパンプルムーゼがこちらを振り向いた。
「解除だって?どうしてお前がそんな事……!」
「部長には内緒だよ、僕が封印に干渉できる事」
 いたずら者っぽい笑みを彼女に向け、ティフィンは口元に人差し指を当てた。パンプルムーゼは一瞬戸惑った表情を浮かべていたが、すぐに呆れ顔で呟く。
「お前って奴は……。また例の師匠に学んだのか?」
「これは君のお祖母さんに聞いたんだよ〜。この剣の鞘、ディナさんが作ったんだって〜」
「ばーちゃんが?初めて聞いたぞ、そんな事」
 二人のやり取りを眺めながらファルシオンは準備を終えた。準備といっても持ち物は剣しかないが。
「俺はいつでも行けるよ」
「なら待機しててね〜。海原竜が動き出したら飛ばすから」
「おい」
 恋路がティフィンに声をかけた。
「はい〜?何でしょうか」
「俺も船の上に行くぞ」
 彼は自分の小刀を持って港の方角をあごで示した。
「ここに居ても俺の役目はないみたいだからな。的が二つになりゃ、被害が分散されるだろ」
「……わかりました。二人同時には転移できないので、時間差になりますが〜」
 ファルシオンは建物の外へと出た。海を見渡す事が出来るテラスにはアースとパンプルムーゼの姿があった。
 不安そうに見つめている人々を下がらせてアースが地面に手をついていた。その周りには淡いオレンジ色をした虫のようなものが集まってきている。大地の元素霊だという。
 そしてそのすぐ横では同じような格好でパンプルムーゼが地面に手をつき緑魔術を練っていた。彼女の腕からは太い樹が生え出している。
 その二人の間にルージュが立っていた。特に何もしていない様子だったが、不自然な場所に立っている為ファルシオンは呟いた。
「……どうして彼女があそこに?」
 傍らに居た恋路が応える。
「彼女の魔力を使う」
「……?」
 見てろ、と恋路はルージュを示した。ティフィンが彼女に話しかけている。
「ちょっと疲れるかもしれないけど、がんばって下さいね〜」
「立っているだけで……いいんですか?」
 ルージュ本人も何をしているのか理解していないらしい。戸惑った表情で立ち尽くしている。その彼女の周りにティフィンは文字をいくつか描き手をそえた。文字から発生した光の粒子がルージュを包み込み、色を変化させて彼女から傍の二人へと流れ出した。
「なんだ、あれ……」
「今のあの二人じゃあ、疲弊して大掛かりな力を扱えないからな。ルージュから魔力を吸収している」
 唖然とするファルシオンを他所に恋路は淡々と言った。
「お前も気づいていただろ?彼女の魔力は無尽蔵だ」
 確かに、以前彼女に触れると失っていた魔力が回復していった事があった。だがその力の由来はどこに?疑問を胸に抱きつつファルシオンは鋭い眼差しで恋路を見る。
「彼女の素性を知っているのか、お前」
「俺の考えも推測の域を得ん。まぁ八割方当たっていると思うがな」
「彼女は何者だ?どうして何も教えてやらない」
「あの魔力の本来の持ち主を知っている。彼女はその入れ物だろう」
 恋路が言った。向けられた鋭い眼差しを受け、若い外見に似合わない老熟した表情を浮かべる。
「昨日も言ったが……知る事で失うものもあるだろう。きっと彼女にとっては酷な事だ」
 砂浜の上で膝を抱えて怯えてるルージュの姿が脳裏に思い浮かんだ。それでも、とファルシオンは唇を噛む。
「……彼女は前に進みたがっている」
 大地が大きく揺れた。
 砦に篭っている人々が悲鳴を上げる。
 見ると、海原竜の周りに集まっていた水精が弾けるようにして一気に海へと広がり溶け込んでいった。そして海原竜の背後に巨大な津波が発生した。
 先程とは比べ物にならない高さを保ったまま津波は街へと襲い掛かる。
 ティフィンが声を上げた。
「ムース!!」
 彼の声に反応するように眼下の街に異変が起きた。
 あらゆる場所から樹が生えだしたのだ──舗装された道路を突き破り、コンクリートで出来た建物すら突き抜けて樹は増殖し絡み合う。
 一瞬にして街は樹に覆われ森になった。
 力を使い果たし青い顔をしたパンプルムーゼが叫ぶ。
「完了した!いけるぞ!」
「ベヘモト様!」
 アースは動かなかった。
「津波が……!」
 街のすぐそこまで津波は来ている。ファルシオンはアースを見た。
 彼は必死の形相で食い下がっているものの、力が及ばないようであった。彼の周りに集まっていた地霊たちが消えかけている──その姿を見てティフィンが焦りの表情を浮かべた。そして頭を振って、宙に文字を描く。一文字だけではない、大量の文字を描き連ねていく。
「今から結界を張ります!皆さん、建物の中に入って!!」
 作戦は失敗だ──そう思ったときだった。小さな人影が二つ、騒然とする人ごみから弾き出されたのを見た。

 

 ──ここまで墜ちたか。
 自分の最も下位の眷属である地霊たちが離れていくのが見えた。彼らを集める力すら残っていない。
 まさに今、大地を覆い流そうとしている暴虐な津波の前では誰も自分の力を信じていない。いや、すでに自分は誰からも存在を忘れ去られたただ一人のヒトなのだ。自分自身で望んだ事だ──。
 太古の昔にヒトの世界を垣間見、共に生きる事を望んだ。そしてこの世界、全世界に比べればほんの小さなこの小さな世界では人々から自分たちの存在の記憶を消した。それが彼ら人間種族にとっては今後生き抜く為に忘れたほうがいいと思ったからだ。
(けど、まさかここでしっぺ返しをくらうとはな)
 強大な力に見えて、その実はとても脆く儚い力を持った自分たち。
(だから気づけ……お前の力はそんなものなんだぜ。所詮自分独りではその意義すら見つけられない──酷く不安定でいて気まぐれな力。今のヒトに必要なのはそんな力じゃねぇ)
 津波はもうそこまで来ている。
 ティフィンが咄嗟に文字を描き出すのが見えた。皆を建物の中に集めてこの砦跡だけでも守るつもりなのだろう。
 この街を守れない。街が蹂躙される。
 だが、突然背中に何かがぶつかりアースは背後に視線を向けた。そこまで強い衝撃だったわけでもない。誰かに抱きつかれた──
「とーちゃ!」
 グレナデンが背中に抱きついていた。
「とーちゃ、とーちゃ、とーちゃん!」
「グレナデン……?ノチェも」
 すぐ傍にはノチェロも居た。彼は視線が合うと何か言いたげに口を開いた。だが、すぐに押し黙って少しだけ上げた手を下ろす。
「お前ら……」
「とーちゃ!グリはとーちゃといる!」
「……母さんはけが人を介抱してる」
 騒々しい周りとは対照的にノチェロが静かな声で言った。
「母さんが、この街の為に戦ってる父さんを励まして来いって」
 アースは目を閉じた。息子と娘を抱き寄せる。グレナデンは首元にしがみ付き、ノチェロは一瞬体を強張らせたが抵抗しなかった。彼の頭を撫で、二人に言い聞かせるように呟いた。
「……ここで見ていてくれ。お前たちの為に戦って見せるからよ……お前たちだけでも信じていてくれ」
 グレナデンがうん、と元気よく頷く。
「とーちゃ、がんばって!」
「父さん……」
 そしてしっかりと目を開き、襲い来る津波を睨んだ。
「うつろいやすい俺たちには、そういうちょっとした後押しが必要なんだ」
 大地が彼の意思に反応した。大地は血肉。大地に生きるものたちを支えている自分の体。その感覚を感じながら、一度だけ動かす。
 大地を揺るがす大地震が起きた。



 かなり大きな地震だった。それも局地的な、それでいて圧倒的な力。
 大地の下から突き上げるような強い揺れに思わず建物の壁に手を伸ばして体を支える。横に居たアリアがバランスを崩して転んだ。彼女の腕を掴み起き上がらせる。彼女は腕をこちらの体に回ししがみ付いてきた。
 港を見ていたファルシオンは声を上げる。
「港が……!」
 迫っていた大津波の正面である、コンクリートで舗装されていた港の沿岸部分が崩れ落ちた。そしてそこから波紋が広がるように波が発生した。波止場に停泊していた船を巻き込み轟音を立てて波が海面上を走る。
 波はあっという間に大きく成長し向かい合う大津波に激突した。飛沫が上がり港から離れたこちらまで飛び散る。そして両方の波が相殺された。
 その後相殺されきらずにわずかに残った津波が崩れた港に届くが、かなり勢いを殺がれ倉庫前の場所ですぐに引いて行く。
 転んであわやテラスから落ちかけていたティフィンが(咄嗟に恋路が彼の足を掴んでいた)逆さまになりながらも歓声を上げた。
「やったぁ!」
 沿岸部の陸地は崩れて海に沈んでいった。地中に伸びていた木々の根がむき出しになる。
 自分たちの居るレンガで造られた砦跡が崩れ落ちるかとも思ったがそれはなかった。幾つかのレンガが落下しているが、崩れ落ちるほどの致命的な損壊は無い。
 地鳴りが遠ざかる。
 一瞬だけの地震が収まり、ファルシオンはアリアに抱きつかれたまましっかりと立ち上がった。
「……すげぇな」
 見下ろした街の建物は港を除けばほとんど倒壊していない。地震の強さを考えれば奇跡的なものだったが──パンプルムーゼの緑魔術によって生み出された森が建物や地盤に枝を伸ばし、街への被害を吸収していたのだ。それにしても奇跡としか言いようがないだろう。
「もうっ……搾り出しても、私からは、何も出ないぞ……!」
 パンプルムーゼがかすれた声音で呟く。彼女の髪は真っ白になっていた。魔力を使い果たしたのだろう、そのまま疲労困憊したパンプルムーゼは倒れルージュが彼女を抱きかかえた。
「アースのこどうと地面のこどうがかさなってたのをきいたよ」
 握った手を振りながらアリアが興奮気味に呟く。
「あんな鼓動の音、アリアははじめてきいた。すげー!」
 アースを見ると、彼は子供たちを硬く抱き寄せたまま安堵の息をついていた。こちらの視線に気づき親指を立てる。
 これが大地の力──ベヘモトの力。
 彼が大地だと知ったのなら、それを信じるならば誰も彼に敵いはしないだろう。大地に立つものがどうして勝てようか、その足を支える存在を? 
 と、ようやく引き上げられたティフィンが文字を描きながら言った。
「ファルシオンくん、今がチャンスだ。魔力場が乱れてリゲルの感覚域が狂ってる……今から君を船まで飛ばす」
 ファルシオンはアリアを一人で立たせてから頷いた。
「ああ、行けるよ……それじゃあ」
 心配そうな表情のルージュ、すぐ横にいたアリアに手を振りファルシオンは深呼吸をした。ティフィンの描いた文字列が体を包み光り輝きだす。彼は集中して前方を一心に見つめている。そして口を開いた。
「──リゲルの感覚域を突破。行きます!」
 重力が無くなり一瞬気が遠くなるような感覚に包まれた。そして瞬きした一瞬後に彼が居たのは──
「──うわぁぁぁっ!?」
 思いがけない光景に悲鳴を上げる。
 彼は海上の遥か上空に飛ばされていた。
 確かに眼下にかろうじて光っている小さな物体が見えたが、そこまでの距離はかなりある。
(飛ばすってこういう事かよ!!)
 何故か親友の顔や昔飼っていた犬の姿が脳裏を過ぎったが、ファルシオンはとりあえず体勢を直した。空気抵抗を受けながら体を回転させ向き直る。
(このまま海に激突したら、木っ端微塵か?……冗談じゃない) 
 焦る中、間延びしたティフィンの声が頭の中に響く。
《ごめーん、到着点の設定に失敗しちゃったみたい。すぐに転移し直すね〜》
 非難の声を上げる間もなく再度光に包まれる。
 再び目を開いた先に見えたのは黒い床。落下速度そのままにそれに激突した。一瞬頭が真っ白になり、火花が見えたような気がした。
 全身を強く打ち床に五体倒置したままファルシオンは身動きが取れなかった。
 しばらくして少し遠慮がちにティフィンが声をかけてくる。
《……大丈夫、ファルシオンくん〜?》
「……いっ……てぇ……」
 大きく息を吸い肺を膨らませ、その時にあばら骨に異常が無いか確認する。痛みはあるが折れてはいないようだ。次いで軽く脳震盪を起こした頭を振りながら上体を起こす。
「ここ……は」
 彼は黒い船の甲板にいた。甲板といっても入り口も何も見当たらない。窓すらない。ただの巨大な黒い箱のような船だった。その後方にいる。
 と、彼の居る場所の近くに唐突に恋路が転移させられた。
「──おわぁぁぁっ!?」
 先程の彼と似たような悲鳴を上げて恋路はそのまま落下し海に落ちる。それを眺めながらファルシオンはため息をついた。
「……あーあぁ……」
《あれ〜?上手くいかないなぁ》
 のん気な声でティフィンが呟く。
 甲板の上に自力で登ってきた恋路はびしょ濡れになりながら険悪な声で呻いた。
「覚えてろよ……」
《あはは。ごめんなさ〜い》
 更に感情を逆撫でする事に気づかないのかティフィンの笑い声が響く。恋路が親指を下に向けた。
 ファルシオンもふらふらとよろめきながら立ち上がり呟く。
「……で、どうやって中に入るんだ?」
 足で甲板を叩く。金属製のようだが、継ぎ目は無く冷たい光沢を放っている。術で穴でも開けようかと指を伸ばした時何かティフィンが言いかけたのを感じたが、その声はかき消された。
《中に入る必要はない》
 響いたのはティフィンの声ではなかった。恋路が刀に手を伸ばす。
 前方に紋章が浮かび上がりその中から虎耳の男が現れた。虎の耳を持つ、体中に刺青を施した大柄な男。彼がリゲル・パントラ。
 彼は鋭い眼差しでこちらを見、身構えた。こちら側の言葉で言う。
「お前たちはここで海に消える……同志の仇だ。覚悟しろ」
 死んでないって──そうリゲルの言葉に反論する前に彼の後方で大きな影が動いた。ドゴォンッ、と硬い音を立てて船が大きく揺れ、傾き思わず膝をつく。
 海に漂っていた海原竜が船に飛び乗っていた。リゲルの背後で竜は大きく口を開き威嚇音を発する。
 港で見かけたその姿は半身のみだったので、改めて海原竜の全身を見て感心してしまう。かなりの大きさだ。鱗の生えた竜の体を持つが下半身は蛇のように足が無く、長いその下半身は船に巻きつかせている。
 海原竜の周りに水色の光が浮かびだした。 
 恋路が動く。彼は持っていた刀を抜き、リゲルに向かって駆け出した。リゲル・パントラは両の手に紋章を浮かび上がらせる──その手に鋭い爪のついた手甲が現れた。
 火花を散らしながら恋路の刀を爪が弾く。
 恋路の体が宙に浮いたところでリゲルは身を屈め、一気に飛び掛った。どう見ても重量がありそうな体でありながら俊敏な動きで恋路の懐に潜り込む──爪が恋路の胸元を引き裂こうと一閃された。
 だが恋路は刀を縦に構え爪を防ぐ。小柄な体格の彼はそのまま大きく吹き飛ばされた。
 恋路が着地する前にリゲルが動くが、その途中で彼は視線をこちらに向けた。その間にすでに術は完成している。文字を描ききりファルシオンはリゲルに向かってそれを解き放った。青白い炎の帯がリゲルを包むはずだった。
 しかし炎の帯は突如現れた水の壁によってかき消される。大量の水が一気に蒸発し水蒸気が上がった。多少予測はしていたので続けて文字を描こうとした時、水蒸気の中からリゲルが飛び出した。大きく後ろに跳んでリゲルの爪をかわす。鋼鉄か何か頑丈な金属で出来た甲板に彼の爪が当たり大きく凹んだ。 
 リゲルとの距離を取ったところで、同じく離れた場所に居た恋路が投擲用の小さな刃(それの名はクナイ、だったと思う)を投げつけながら駆け出す。クナイは即座に浮き上がり撃ち放たれた水球に打ち落とされていくが恋路は止まらない。それを見てファルシオンは青薔薇の剣を鞘に入れたまま手に持った。恋路はクナイを投げつけ続ける。
 恋路が両手でクナイをありったけ掴みリゲルに向かって投げつける。だがやはり即座にリゲルの周りに水の壁が現れクナイの行く手を阻んだ。しかし──
(これを狙ってたんだな!)
 恋路の意図を汲み取りファルシオンは水の壁に囲まれ視界を遮られたリゲルの背後に回り飛び掛った。振り向くリゲルの姿が目の前まで迫る──が、その姿が一瞬にして消える。残されたのは彼が立っていた足元に浮かび上がる紋章だけ──ファルシオンは体をひねり背後に向けて文字を描いた。
 背後に転移し爪を振りかざそうとしていたリゲルの体が光熱波に吹き飛ばされる。
 バックファイアでファルシオンの体も大きく飛ばされ、そのまま恋路の元まで転がったところで彼は跳ね起きた。
 刀を肩に構えて隣に立つ恋路が呟く声が聞こえた。
「二人がかりでこのザマか……」
 リゲルは吹き飛ばされた直後、球体に形作られた水の中に包まれていた。その球体が弾け水が飛び散る。光熱波も防がれていたのか中にいたリゲルはさして怪我も無い様子だった。その傍らでは海原竜が目を細めて唸っている。
「……最初からあの面子で街に攻め込んでりゃよかったんじゃねーの」
 やけくそ気味な恋路の疑問にファルシオンは苦笑した。
「まぁ、武装集団の長って建前があるんじゃないのか……下っ端にも活躍の場を与えなきゃあな」
 そう呟きながら海原竜を睨む。
「俺はあの竜。レンジはそっちの虎の男で」
「妥当なところだな」
 ファルシオンは剣を鞘から抜いた。即座に剣から蔦が伸び腕に絡みつく。
 先ほど剣を抜いたときとは比べ物にならない位の速さで魔力が削がれていくのがわかった。蔦の先から青い薔薇が次々と咲いて行く。
(でも……俺の魔力を吸って、何でも斬れるんだろ?呪いの魔剣ってさ)
 海原竜が相手を見極めたのだろう、こちらへと頭を向けて水霊を集めだした。あの水に防がれ剣先は届かない。
 ファルシオンは青薔薇に触れた。丈夫なはずのグローブを突き破り刺が指に刺さるが構いやしない。
 海原竜の周囲に水の柱が次々とそびえ立った。いかようにも近づかせないつもりだ。
 ファルシオンはにじみ出た血を柄に擦りつけ剣に言いかける。
(だったら魔力なんて好きなだけくれてやる。だからあれを斬って見せろ、英雄の剣)
 剣からの応えは待たず彼は駆け出した。