世界を壊すための力が欲しいか

「欲しい」

ならば授けよう お前の持つものと引き換えに

「アリアはあんたにあげれるモノなんて持ってない」

なんでもいい 世界に関わるモノであれば なんでも

「――――」

何を捧げる




「なら――アリアを苦しめる この雑音をあげる」





G戦場のアリア






「・・・・・うるさい」

アリアは両手で耳を塞ぎ、蹲る。
「・・・・・うるさい」
雑音は天使に捧げたというのに。
この音は何なんだ。
「うるさい」
この雑音――鼓動は耳を塞げば塞ぐほどアリアの中で響いている。
アリアは地面に頭を打ち付けて呟いた。

「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい――」


* * * *


学校を抜け出してクロエが向かったのは裏路地に建つ廃ビル。
錆付いて嫌な音を立てる階段を静かに上がり、廃棄物の散乱した廊下を歩く。
そしてある扉の前で立ち止まって囁いた。
「――アリア。居るんでしょ」
扉の向こうからは何も聞こえてこない。
それでもクロエは必死に呼びかけた。
「お願いアリア、あたしの話だけでも聞いてよ」
返事は無い。
しばらくクロエは扉の前で立ち尽くしていたが――小さくため息をつき、扉の前に持っていた袋を置いた。
「・・・・・これ。よかったら食べて。
・・・・・あんた、ただでさえ細いんだから・・・・・体には気をつけなきゃダメよ」
そして扉の前から重い足を動かし、去る。
階段を下りる前にもう一度扉の方を見たが――無音の空間には動くものは何も無かった。
そして足音すら聞こえなくなった階段を下り、クロエは肩を落としたまま大通りへと歩いていった。

新聞の片隅に小さな記事があったのは半年前。
当初それを見たときは興味本位で、そして自分の住んでいる街の事でもあったものだから、クロエは何気なくその事件の事を頭の隅に置いていた。
最初はただのゴシップ系の記事だと思っていた。
――だが。
冗談事ではなくなってきていた。日に日に騒ぎは大きくなってきている。
街外れにある工場が原因だの集団催眠にかかっているだの・・・・・街の住人たちは原因の断定こそしていないものの日々不安がっている。
クロエはその間に一人で原因を調べていた。調べるとは言っても素人の方法でだが。
が、とてもではないが噂されている工場が原因とは思えないし、集団催眠だとしても一体誰がこの街の住人全てに催眠をかけるというんだ。テレビやラジオすら置いていない家庭も多々あるのでメディアを媒体とした催眠では考えにくい。

そして、ここ最近。
この半年、自分で原因を探し続けて――クロエはある事に気づいた。
それは他人に言える事ではなかった。確信は持てないし、何しろ――
「・・・・・こんな事・・・・・今の世の中で言うもんじゃないわね」
と、いつの間にか声に出してしまっていたようだ。慌てて口を押さえ、辺りを見渡す。
――別段誰が聞いているわけでもなさそうだ。
胸を撫で下ろしクロエは道路を走って横断する。
日はもう暮れていて、大通りには帰宅途中の学生や労働者で溢れていた。いつもは閑散としている大通りもこの時間になると人で溢れかえる。
その中に紛れてクロエも家へと足を進める。と。
「あ。クロエー!」
通り沿いに立ち並ぶ商店の一つから、クロエの見知った顔が見えた。
「クロエー!こっちこっち!!」
声をかけられて苦笑いを浮かべながらクロエは彼女たちに駆け寄った。
学校のクラスメートが3人、小物店の中から出てくる。
「クロエ!今日も学校半ドンしたでしょー」
「あはは、ごめんごめん。今日は無性に空が見たくなって」
言いつめられクロエはいつものようにデタラメを言って舌を出す。
友人たちは慣れている様子でハイハイと相槌を打って笑った。
「またそういう嘘を・・・・・あの万年ハゲ騙すの大変だったんだから」
「ごめんってば。またなんか奢るからさ!」
「ホントにー?まぁ楽しみにしてるわ」
丁度その内の一人と帰り道が一緒だった為、クロエは彼女と帰る事にした。
奢ってあげたチョコバーを舐めながら彼女が尋ねてくる。
「それでさぁ、何かわかった?」
「うーん・・・・・特には・・・・・」
「困ったねー・・・・・ホントに何なんだろう、恐いわ」
――だよね。やっぱり、言えるわけないか。
迷惑だよねー、と口を尖らせる友人を見てより一層クロエは不安になった。
この事がもし本当だったとしたら――きっと大変な事になる。
そんなクロエの気を知るわけもなく友人は肩をすくめた。
「最近、天使降臨騒ぎだのなんだの――ホントおかしい世の中になっちゃたもんだね」
「・・・・・だよね」
「あ、そういえば。世の中おかしいで思い出した」
チョコバーを食べきり、聞いてよ、と彼女は笑いながら言った。
「今日さ。帰り道ですっごい変な人に話しかけられちゃった」
「へぇ。どんな人?」
「なんかね、紫色の髪でなっがい耳してたのよ。ありえないでしょー?
びっくりして思わず皆で見てたら声かけられちゃって。あ、でも話したら何か普通の人だったわ」
想像して――半眼になる。
「・・・・・ありえないわねー」
「でしょー?たぶん他所から来た人よね。あんな目立つ人見たこと無いし」
人間でもないんじゃないか?友人の言葉に疑問符を浮かべる。
長い耳って事は森人種族エルフ だろうか。
百年ほど前、未踏の地であった南洋の大陸で発見された亜人種族。写真でしか見た事はないが、たしか長い耳を持つ種族だったと思う。
だが彼らは人間が嫌いのようで滅多に自分たちの国から出てこないという。
見当のつかない異邦者を思い浮べながら友人に聞き返す。
「んで・・・・・何話しかけられたの?」
「え?なんか、よくわからないんだけど」
クロエは耳を疑った。
「半年ぐらい前に、天使の夢を見た人居ないかって――」


次の日、昨日と同じ時間に――クロエは友人に教えてもらった店まで走った。
なんでもしばらくこの街に滞在すると言っていたらしい。聞いた話どおりの目立つ風貌ならば、この街の何処にいたって噂を呼ぶだろう。
そして、案の定――誰もが振り返って見ている場所に。
通り沿いのオープンカフェ、その内の席の一つに彼は居た。道行く人々の視線を気にもせずにメニューを見ている。
車の往来を見越して道路を渡り、クロエは肩で息をしながら彼の前に立つ。そして声をかけようとすると――
「――こんにちわ、お嬢さん」
その男はにこやかに笑っていた。
「なんなら一緒に頼まない?」
メニューを差し出してくる。
クロエは息を整え、深呼吸をしてから――メニューの中のプリンパフェを指で示し、彼の向かいの席に座った。


「――で」
男は運ばれてきたイカ墨スパゲティをフォークに巻きつけながらクロエを見る。
「何か用?」
見れば見るほどおかしな男だった。見つめられて今更そう実感する。
染めたのだとしたらなんて鮮やかに染まったのだろう、妙な色合いの紫髪に、ウサギのように長い耳。ぴょこぴょこと動くその耳を見てクロエは胸中で呟いた。・・・・・ありえない。
紫色の長い前髪からはその目を窺うことは出来ないが、彼の眼差しが自分に向けられていると思っただけで萎縮する。プリンパフェには手を付けられないまま、クロエは辺りを伺い――小声で男に話しかける。
「あの、友達から聞いたんだけど、貴方・・・・・」
言い詰まるクロエを他所に、男は腕組をしながらああと頷いた。
「その制服って事は――君が噂のクロエさん?」
いきなり自分の名を呼ばれてさらにクロエは後さずる。
それを見て男は苦笑いを浮かべた。
「そんな恐がらなくても。
昨日、君と同じ格好をした女の子たちに聞いたんだ」
ずそそっ、とスパゲティをすすり上げる。
「君が――この街で起きている現象を調べている子だね。
僕もそれを調べに着たんだ。だから話が聞きたいと思っていた」










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