7.



クチナワの鳴き声がはっきりと聞こえた。

根元から腐食して使えなくなった脇差を投げ捨て、恋路は地面に突き立てていた刀を抜く。そして飛びかかって来た亡者を切伏せた。だが彼らは森の暗闇から次々を現れる。
じわじわと追い詰められ、すでにすぐ後ろには桜の木があった。
腕の血を襟巻で拭い恋路は深く呼吸をする。クチナワが現れた以上、このままここで戦っていてもきりがない。
何故か、恋路は塩子が死んだと知った日のことを思い出していた。
桜の枝を持って彼女の家に行ったときの事を思い出す。良く晴れた、天気のいい日だった。
恋路は満開になった桜の木の下で、風で折れた枝を見つけた。それを拾い上げて歩き出す。
桜はまだ散ってはいないけれどもあの部屋にこの桜を届けに行こう。そう思いついて幾度となく歩きなれた道を歩いてゆく。途中で心地よい風が吹く。雲は速く流れている。
塩子の家が見えたところで、彼は普段にはない騒々しさに気づいた。
彼女の家の周りに多くの人が集まっていた。皆黒い服を着て、玄関の前に並んでいる。
何事かと恋路は歩みを止めて立ち尽くした。
やがて家の中から塩子の家族が現れる。その中には妹の静もいる。
彼らは集まっていた人々に一礼をし、街へと下る坂を歩き出した。一番先を歩く父親の後ろ、母親が持っているのは塩子が写っている写真だった。その後ろには小さな壷を持った妹の静がいた。
恋路にはその儀式が何かは知らなかったが、全身が震えていた。善からぬ事だとは気づいていた。彼らの方へと駆け出す。
静が恋路に気づいた。彼女ははっと目を大きく見開き駆け寄ろうとする、が――
「まだうろついていたのか」
父親が彼らの間に立ち塞がった。背の高くがっしりとした体格の中年男性だった。
恋路は彼に会うのは二度目だった。一度目は彼に殴られている。
彼は年月の重みを感じるような深い眉間のしわをさらに深く顔に刻み、疲れた声音で言う。
「……見てのとおり、塩子はもういない。療養先で死んだ」
死んだ。その一言が恋路の表情を奪う。彼は持っていた桜の枝を落とした。
父親が厳しい顔つきで言い続ける。
「おまえが何者かは知らぬが……私からしてみれば娘を奪った疫病神に思えてしょうがない。頼むからこの山から出て行ってくれないか。そしてもう二度と私らの前に姿を現さないで欲しい」
「お父様、そんなっ」
「お前は黙っていなさい。行くぞ」
動かない恋路を見て静は何か言おうとしていたが、父親に無理やり腕を掴まれ彼の前から去っていった。
ただ恋路は立ち尽くす。やがて塩子の葬式の行列が遠くへと過ぎてゆく。以前聞いたことがある、彼らは亡骸を火葬にするのだと。あの壷の中には、塩子の――
その日から恋路の意識は曖昧になっている。
次の日には恋路は桜の木の下で塩子を待っていた。その次の日も待っていた。その次の日も、次の次の日も待っていた。朝になると木の下で彼女を待ち、日が暮れると明日は来るだろうかと思いながら帰っていった。
やがて桜の木の下で待つ恋路に花びらがふってくるようになってきた。桜が散り出していた。
塩子が言っていた言葉を思い出す。桜が散ったら、会いましょう。
塩子はそう言っていた。
恋路は恐くなった。この桜が散って若葉が生えてしまうまでに彼女は帰ってくるのだろうか。恋路は恐かった。
そして、恋路は入り口を開けてしまった。
桜は花を咲かせたままになった。
あれから五十年近くの年月が流れ、その間に塩子の家は没落し、あの家は誰も住まなくなり、桜のせいで霊が集まるようになった山には人の姿はなくなっていった。
それでも塩子は戻ってこなかった。恋路は一人で待っていた。
大空を気ままに飛んでいたあの頃とは違い、年月というものが彼に重く圧し掛かっていた。全てが移り変わる中桜の木だけがそこにあった。桜の木だけが――
恋路は前を見据えた。
クチナワの強い瘴気が桜の下にまで侵食しだしていた。すでにクチナワの頭部は見えるところまで来ており、その目は完全にこちらを見据えている。
――クチナワめ、潰した右目も治ってやがる。
数百年ぶりの対峙になる。クチナワが目を細めて嫌な顔で笑った。
今の状態では勝ち目がない事はわかっている。この体ともお別れだった。
恋路は刀を鞘に戻し、深呼吸をして意識を集中させた。目を閉じた瞬間に色々な風景が思い出されたが、彼の意識はそれを遮断した。全てが真っ暗になる。
光を感じろ。俺は光。眩い光を想像する。
体が重力から放たれ軽くなった。そのまま意識も昇天するかのように浮かんでゆく――が。
「まって!」
その言葉の主の存在に気づいたときには恋路の体は光に包まれ消えていた。
――なんてことだ・・・・・・
空高く飛び上がった恋路は翼を羽ばたかせながらうめく。
その背にはアリアの姿があった。だが肉体はなく、精神体の姿である。
本来の姿に戻る瞬間アリアが飛びついて来たために、彼女も巻き込んでしまったようだった。精神体となったアリアは振り落とされまいと恋路の首にしがみ付いていたが、その体の変化に気づき驚きの声を上げる。
「なに、これ。とんでる」
眼下には桜の木にもたれている自分の姿が見えた。気を失ったように動かない。
俺の体と一緒に おまえも精神の世界に来てしまったようだ・・・どうしてこんな事を
恋路が苦々しく呟く。しかしアリアはしっかりとした眼差しで彼を見た。
「レンジに言いたいことがあった。だからきた」
迷いは無かった、そんな強い眼差しだった。
「それがレンジのほんとうのすがた?」
恋路は長い首を傾げて応える。
おれたちはどんな姿にもなる事ができる この姿はただの象徴だ まぁ何か偶像(イコン)的な象徴を使った方が都合がいい場合が多いからこの姿になっているだけだ
恋路は大きく羽ばたき淡々と言う。口を開いて声を用いているわけではないが、アリアにその言葉は伝わっていた。
と、地上の方からクチナワの鳴き声が聞こえた。すでにクチナワは臨戦態勢をとり、細長い舌をちろちろとのぞかせてとぐろを巻いている。恋路は空中で羽ばたきながら方向転換をすると威嚇するようにクチナワに向かって吼えた。
おまえがここにいる事はとても危険だ だがおまえを元の世界に戻すひまは今はない・・・クチナワを早く倒さなければ この街が飲み込まれる
アリアは頷く。
「うん、わかってる。ごめん、レンジ」
しっかり掴まっていろ いくぞ 
恋路は大きく羽ばたき、一気にクチナワに向かって急降下していく。
アリアは彼の首にしっかりとしがみ付き、風を見た。


* * * *


ようやく頂上まで登りきると、クチナワと大きな光り輝く鳥が戦っていた。
「もしかして・・・あの鳥がオオトリさま?」
ルージュが驚愕の表情を浮かべながら言う。
極彩の色をした体から生える大きな羽は、燃えるような赤と夕日のような朱色が混じった色をしていた。長い尾も色とりどりの目が眩むような色をしている。その長い尾羽根をなびかせながら空を飛ぶその姿はまさしく、この街の人々が守護神と崇めるオオトリの姿だった。
オオトリが羽を羽ばたかせる度、燐粉のような輝きがこぼれ落ちてくる。暗い闇夜でそれは美しい。
「まるで怪獣大決戦だな」
ファルシオンは呟き、二匹(?)の戦いに巻き添えを食らわないように桜の木の元へと急いだ。
が、その木の幹に倒れているアリアの姿を見つけ仰天する。
辺りが良く見えるように灯火を高く掲げ、彼女の脇に座り込んだ。
目を大きく見開いたままアリアは木の幹元に横たわっていた。眼球は全く動かない。まさかと思い喉元に手を添える。
とても静かにだったが、深い呼吸はあった。かすかに彼女の薄い胸が上下しているのも確認できる。
息があることにとりあえず安堵しそっと彼女の体を起こす。力なく彼女の体はファルシオンの腕の中で曲がる。外傷はどこにもないようで、彼女の着ている白い服は僅かに汚れてはいたものの何も跡はない。
「アリア、どうしたの?」
心配そうに尋ねてくるルージュの問いに答える事は出来なかった。眉間にしわを寄せながら、アリアの虚ろな目を覗き込む――と。
彼女の若草色の瞳の中で、高速で景色が過ぎ去っているのを見た。アリアは自分を見ていない。一体、この子は何を見ているんだ――?
「まさか・・・」
顔を上げ頭上で飛んでいるオオトリを見る。
ファルシオンは舌打ちした。
「なんであんなところに・・・!」
オオトリの首に、半透明のアリアがしがみ付いているのを見つけたからだった。
アリアがどうやって精神体になったかはよくわからなかったが、彼女がとても危険な状態だという事はわかった。彼女の肉体から精神体へ、まるで命綱のように繋がっている一本の細い紐がクチナワの攻撃の余波を受けて所々切れんばかりになっていた。
あの紐が切れれば、それは肉体と精神体が分離されるという事になる。もちろんその二つの存在はこの世界で生きる限り切り離せられない関係にある。切り離されたとすれば、それは死を意味していた。
早く連れ戻さなければならない。
ファルシオンは近くに落ちていた木の枝を拾い、アリアを取り囲むようにその枝で地面に円を描いた。そしてその中心に座り込む。
「何の円?」
「結界。あいつらが近寄れないように」
ルージュを近くに呼び寄せ、ファルシオンは言った。
「今からアリアの居るところまで潜って来る。ただし、その間は僕は動けなくなるから・・・もし何かがあったらすぐに呼んでくれ。すぐには戻れないかもしれないが、これを鳴らしてくれれば気づくはずだ」
上着のポケットから小さな文字が刻まれた鈴をルージュに渡す。彼女は理解してくれたのか頷いた。そして、
「他に私は何をしていればいいの?」
と言った。
その言葉にファルシオンは目を丸くしてしばらく考え込むと、手を差し出す。
「なぁに?」
「手、握っててよ」
ファルシオンは少し笑った。
「心強いからさ」

ファルシオンは目を閉じ、意識を集中させた。
回りの喧騒も、微かに聞こえていたルージュの呼吸の音もどこか遠くへと消えてしまう程に辺りは静かになる。
そして深くて暗い海のような場所へと沈んでゆく自分を想像する。底が無いような真っ暗な海を彼は想う。光はまだ見えない。
が、いつしか瞼の奥で光があふれ出したのを感じると彼は目を開いた。
まず最初に見えたのは目を閉じている自分の体。傍らでその手を握っているルージュ。彼女に抱えられ力なく体を折り曲げているアリア。桜の木、暗い森、どこまでも続いていそうな赤い鳥居、辺りをうろつく亡者の影、辺りに漂う精霊たちの群――成功した。
ファルシオンの精神は肉体を離れ宙を飛んでいた。頭の天辺からアンテナのようにのびた生命線はちゃんと彼の肉体と繋がっている。
彼の元居た世界からずれた世界では普段見えないものがたくさん見えた。特に桜の周りでは異様な気の流れが渦巻いている。亀裂のようなものがそこにはあって、そこから這い出ようとするように亡者たちの腕が蠢いていた。だがその腕が伸ばされてこちら側の何かを掴もうとすると、オオトリが隙を見てクチナワから離れ、亀裂に向かって翼を羽ばたかせて腕は霧散していく。
あの亀裂が“入り口”か・・・恋路が言っていた言葉を思い出す。クチナワがあの亀裂に辿り着く前に、あれを閉じなければならない。
だが、それより先に――ルージュに抱えられて動かないアリアの頭から伸びている文字通りの生命線を目で辿る。
その先にいるアリアの元へと辿り着くのは至難の業のようだった。オオトリは空を自在に飛び回っている。そのスピードには追いつけない。
クチナワの攻撃を避けながら飛び交うオオトリに近づく為には・・・。ファルシオンはクチナワへと近づく。
クチナワがオオトリと接触する瞬間に飛び移ろうと思いついていた。
幸いにもクチナワは宿敵を目の前にして興奮しているのか、辺りの事など全く気にしていなかった。彼が動く度数人の亡者たちが潰され消えてゆく。
いや、神とさえ称される存在には亡者など元々虫けらのようなものか。そんな事をファルシオンは思った。
時折吹き付けてくるクチナワの放つ瘴気に、意識が何処かへ飛んでいってしまいそうな気がした。だが右手から感じるルージュの体温が彼の意識を繋ぎとめていた。そして先程使い切ってしまったはずの力も溢れてくる。
彼女が居なければファルシオンは精神体にもなれなかっただろう、不思議な能力だった。
と、手を強く握り締められる感覚がある。ファルシオンは現世の自分を見る。
自分が描いた結界のすぐ傍に亡者たちが群がっていた。ルージュが自分とアリアの体を円の中心に引きずりながら後退してるのが見える。
彼らが結界を越える事は出来ないとは思ったが、一抹の不安はあった。しかし早くアリアの元に辿り着かなくてはならない。
がんばってくれよ、と握られている手を強く握り返してファルシオンはクチナワの元へと急いだ。
異形の月が段々と西へ傾いてゆく。
今は何時くらいだろうか。
身に着けている時計はこの世界では、針はただ同じ時を指している。数年前に誕生日にもらった丈夫さが売りの時計だったが、壊れてはいないのに針は進まない。
時間という概念はこちらの世界ではあまり意味がないという。昔兄に聞いた事を思い出す。
ファルシオンが彼らの元に辿り着くまでに幾度となく二柱の神はぶつかり合っていたが、そのうち、オオトリの足に亡者たちがしがみ付きだした。クチナワと接触するときに飛びつかれたのだろう、最初はその亡者たちを薙ぎ払っていたが、次第にクチナワの瘴気と亡者たちの執念にオオトリは力を失くしていく。
亡者たちは互いに身を寄せ合い、絡み合って大きな腕となりオオトリを捕まえた。オオトリは甲高い声で鳴き、翼を大きく羽ばたかせるが亡者たちは離さない。
オオトリの首元にしがみ付いているアリアが何か言っているのが見えた。
クチナワが長い舌をちらつかせ目を細める。笑ってやがる・・・と、禍々しいその笑みにファルシオンは畏怖の念を抱いた。
オオトリの尾が亡者たちを切り裂き、ようやく自由になったオオトリが大きく翼を広げる。
しかし、時遅くクチナワはオオトリの足に噛み付き、彼を地面に叩きつけた。オオトリの鋭い悲鳴が響き渡る。山全体がゆれ、亡者たちがオオトリの下敷きとなっていくつも消えてゆく。
そしてその強い衝撃でアリアが宙に投げ出されるのが見えた。
「アリアっ!」
風のような速さでファルシオンは走る。この世界では意志こそがあらゆる力の源である。
しかし遅かった。ファルシオンの手は後もう少しで彼女の腕に届くところだったが、彼の手をすり抜け、アリアの体は地面に溶け込むように消える。
なんだ、今のは――!?ファルシオンはアリアの消えた地面の上で目を疑う。
奈落へ落ちたのだ
頭の中に声が響く。振り向くと、苦しそうに首をもたげるオオトリの姿があった。
クチナワは肉体を持って現出し出してるとはいえ、未だ本体は奈落に縛られている 奴の存在する辺りは奈落へと繋がっている 彼女は意識を失ったまま、幽界から奈落へと落ちてしまった
「奈落・・・タルタロスか!」
奈落(タルタロス)。深淵の底へと続く、悪霊が住む光の無い世界と言われている。
ファルシオンは一度そこに落ちた事があった。ただただ暗く、どこまでも落ちてゆく感覚のある気味の悪い場所。自分ひとりでは戻る事が出来ず危うく戻って来れなくなるところだった。
早く助けに行け 今の俺にはその隙が無い
そのつもりではあるけど、とファルシオンは少々怯む。しかし視界の隅で動く影に気づき、咄嗟に声を上げた。
「危ない!!」
なんとか体勢を立て直そうとしていたオオトリの体にクチナワの長い体が巻き付いた。
オオトリの眩いばかりの体から光が消えてゆく。
ファルシオンは咄嗟に文字を宙に描き、光の槍を作り出した。そのままそれをクチナワの目に向けて投げつける。
光の槍はクチナワの右目に突き刺さった。悲鳴を上げてクチナワが大きくのけぞる。
その隙にオオトリは翼を大きく広げてクチナワを弾き飛ばし、上昇した。
「どうしたオオトリ様!ヤバいんじゃないか」
どうしておまえたちは勝手に・・・
オオトリが飛び上がる瞬間にファルシオンは彼にしがみ付いていた。オオトリの体は触れても感触がないが、どういうわけかその体の上に乗っている。
「あんた、前はあの蛇倒したんだろう?」
下ではクチナワが怒り狂ってとぐろを巻いていた。尾を振り回し、あたりの木々がなぎ倒される。
だめだ・・・人になっていた時間が長く 今は力を使いこなすことができない
それに、とオオトリは続ける。
半年前のあの時から 奴等闇に属するものの力が大きく増した クチナワの力も以前よりも増している
「半年前、か・・・」
ここでもその言葉を聞くとは。
「あんた、あの日何があったのか知ってるのか?」
オオトリは暫しの沈黙の後、言った。
知っている 世界の入り口が開かれた事も あの日にお前が何を願ったのかも
「・・・俺は何を願ったのか、自分でも覚えていないんだ。なんでそんな事を知ってる?」
それは――
言葉は途中で遮られた。
それは クチナワを倒す事ができたら言おう
クチナワの周りからは黒い霧が溢れていた。
「あれは・・・!?」
霧は辺り一面へと広がっていき、霧に触れた物は黒く変色していった。そして霧に包まれた木々は腐り枯れてゆく。
それを目のあたりにしたファルシオンは、咄嗟に意識を自分の肉体へと向かわせた。

霧はすでに目の前まで来ていた。
周りの木々が腐れ落ちていくのを見ながらルージュはファルシオンの手を強く握る。結界はすでに光を失いつつある。
と、彼の体が大きく仰け反った。いまだ目を閉じたままだったが、彼の頬を汗が伝う。
「ファルシオンくん」
思わず名前を呼ぶ。
空を飛ぶオオトリの姿も見えなくなり、ファルシオンの術で作られた僅かな灯火だけが彼女たちの周りを護るように光を放っている。
結界の外では激しい音が響いている。そして結界が次第に黒く侵食されていった。地面に描かれている文字も消える。
ルージュはアリアとファルシオンの体を抱き寄せて目をきつく閉じた。
「ファルシオンくん」
もう一度彼の名を呼ぶ。灯火も霧に呑まれて消えてしまった。
すでに足元へと霧が届こうとしていたその瞬間、ファルシオンの腕が大きく掲げられる。
「エンテ」
彼の言葉で消えたはずの灯火が再び灯った。そして彼の影から無数の黒い腕が伸びる。
黒い腕は絡み合い、三人の体を包むように覆った。
僅かにだが、手を握り返された感触があった。球体となった黒い腕に包まれてルージュは唇を噛む。
本当に、あのクチナワを倒す事なんてできるのかしら?
夜はまだ明けない。